私たちの生活の中にはさまざまなにおいが存在し無意識のうちに味覚、視覚や聴覚などの感覚を引き立て、生活に潤いを与えています。風邪をひいて鼻がつまっていると、食べ物の味が分からない、おいしく感じられないことはよく経験します。近年では、香りを用いてこころとからだをいやす、アロマセラピーなども話題になっており、においに対する関心は高まっているように思われます。
においがなくなったり、感じ方が異常になった状態を「嗅覚障害」といいますが、風邪の後からにおいがなくなったということですから、感冒後の嗅覚障害やが考えられます。これは風邪のウイルスによって、鼻の中にある嗅細胞や嗅神経などが障害されておこると考えられ、中高年の女性に多いのが特徴とされています。原因として、ウイルスに対する抵抗力の低下や、更年期に伴うホルモンバランスの変化などが挙げられていますが明らかではありません。一般に高度の障害を残すことが多く、治療に難渋します。
嗅覚障害は、鼻閉によってにおい分子が届かなくなるためにおこる呼吸性嗅覚障害と、嗅細胞や嗅神経が障害されておこる嗅粘膜性嗅覚障害、それらの合わさった混合性嗅覚障害、そして嗅覚中枢やその経路が障害されておこる中枢性嗅覚障害に分類されます。呼吸性嗅覚障害は最も多く、慢性副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、肥厚性鼻炎、鼻茸(はなたけ)、鼻中隔弯曲症などが、嗅粘膜性嗅覚障害は慢性副鼻腔炎、ウイルス感染、加齢、薬剤などが原因をされています。嗅粘膜性嗅覚障害では、副鼻腔炎以外は内視鏡を用いても鼻腔内に異常が認められないのが特徴です。中枢性嗅覚障害は頭部外傷や脳腫瘍などが原因とされ治療が困難とされています。
嗅覚障害の原因や病態を診断するためには、まず詳細な問診を行う必要があります。内視鏡などを用いて鼻腔内の観察も行います。さらにX線撮影、CT、MRIは慢性副鼻腔炎や脳内病変の有無や程度を診断するのに侵襲が少なく有用な検査です。代表的な嗅覚検査には(1)基準嗅覚検査(T&Tオルファクトメトリー)(2)静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト)があります。(1)は日常生活で遭遇する代表的なにおい十臭(花のにおい、焦げたにおいなど)をかいでにおいの閾値を調べます。(2)はアリナミン含有液を静脈に注射してにおいを感じるまでの時間や消失するまでの時間から嗅覚障害の程度や予後を判定します。両者は簡単に行えますが定量性や客観性に乏しいため、最近では新しい検査法として嗅覚誘発脳電位検査、嗅覚誘発脳磁図検査などが期待されています。
治療は原因に応じた適切な治療を早期に受ける必要があります。感冒後の嗅覚障害ではステロイドの点鼻療法を中心に病期に応じて消炎剤、抗生剤、抗ウイルス剤、抗ヒスタミン剤、ビタミン剤、ATP製剤などを投与します。治療により二、三年の経過の後に改善が認められたという報告もありますので、においを感じないことに気付かれたらあきらめないで病院で受診され適切な治療を受けられることをおすすめします。 (貞本 晶子) |