マスコミ時評
〜愛媛新聞メディアのページより転載〜

医療報道〜政府方針への"誘導"か〜(新野 正治)
 

 マスコミは本来、不偏不党に立脚すべきだと思う。しかし、医療に関する記事は一方的に患者側もしくは行政側に立つことはあっても、医療者側に立つことは少ない。「患者側に立つ方が共感を得やすいため」と公言するマスコミ関係者がいる。これでは正論無視の単なる迎合である。

 医療は、患者と医療者が共に疾病に対処するものである。双方は決して相対する立場ではない。マスコミはとかく医療界を悪く論評し、いわゆる「抵抗勢力」とみなしておけばよし、と考えているように見受けられる。医療界が求め、かつ求められているのは患者主体の医療であるとの根本的理念が、理解できていないためではないかと思われる。

 例えば医療費とその効果についてである。OECD(経済協力開発機構)によると、二〇〇〇年のGDP(国内総生産)に占める医療費の割合は、米国が一位、日本は十八位である。それでもマスコミは高額であるとセンセーショナルに報道するため、行政は自らの思惑通り医療費および社会保障費の削減を目指そうとする。マスコミは結果的に政府のお先棒を担いでいることになる。
 高齢化率が高く、疾病に対するリスクが高い日本の現状を加味すれば、わが国の医療費は相対的に低いとさえいえる。WHO(世界保健機構)によると、二〇〇〇年の健康達成度総合評価では日本が世界第一位である。患者主体の医療に極めて近い姿といえるが、このことをマスコミはほとんど報道しない。

 マスコミの認識不足も気になる。例えば、このコラム(二〇〇四年十一月二十二日付)でも述べた混合診療についてである。一部のマスコミは「保険診療と保険外診療(自費)を併用すると、保険診療の部分も保険が利かず、すべて自費で負担しなければならない。混合診療を認めると保険診療の分について患者負担は三割で済む」と強調した。

 確かに事実関係は間違いないが、それだけが混合診療の姿で、その是非が争点であると誘導しているように感じた。導入されれば、中長期的には国民にとって悲惨な状況になるのは見えている。巨視的かつ将来像を見据えた報道を望む。

 医療費がこのままの状態で推移すれば、国の財政は破たんすると政府は主張する。根本的な問題は財政政策の失敗でできた借金を社会保障費の削減で補てんしようとすることである。

 政府は日本の将来の医療についてグランドデザインを描かず、「無保険者」の増大など深刻な問題を抱える米国の医療体制に追随せざるをえない。その危険性をマスコミは、ほとんど指摘しない。誤った報道はすべからく避けるべきであるが、報道すべき事実を伝えないのはある意味もっと悪い。

 市民の意思と、正論とは必ずしも一致しない。市民の意思に偏れば単なる「おもねり」になり、正論のみでは生活し難い。両者の溝を埋めることも報道の使命の一つだと思う。

(松山市医師会理事)